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1月7日 

近年まめにブログを書かなくなってしまいました。
たまにしか更新をしないせいか
たいしたこと書いてないせいか(これは確信持てる原因)
読んでくださる方がいなくなってきたということを機に
これからはかなり自分勝手に書いていこうと思います。

自分だけの手書きの日記と違い
活字で一般に公開するこのブログというものは
自分の心や状態を少し距離を置いたところから見たい、、
と思う時に書きたくなるような気がします。
活字にすると、感情が少しクールに
また、整頓されたような気になるから不思議です。(書体によってもその感じ方は変わると思いますが)

「分類」についてずっと考えています。
ある分類の中に属していると自覚しているのであれば、
ある安心感と利便性はあると思いますが
不自由さが同居する場所でもあります。
例えば、美術とひとことに言っても
一般の言葉になっている分類分けはさまざま。
洋画、日本画、彫刻、工芸、コンテンポラリーアート、仏教美術、ファインアート、メディアアート、童画、プリントアート、インテリアアート、はたまた○○大学系などなど、、
私の知らないジャンルも星のようにたくさんあると思います。
分類にわけられたものの中で重なりあったりからみあったり
正直私には訳がわかりません。
自分がどこに分類されるのかもよくわかりません。
美術館や画商など美術作品を扱う仕事の方たちにとっては
この「分類」がないと立ち行かないでしょう。
でも、作品を制作している人間は
そういう分類とか肩書など関係なく
作品に向き合い、作りたいものを作っている人たちが
ほとんどではないでしょうか。
偉そうなことを言ってしまいました。
あくまでも私の知っている小さな範囲ですが。
作品を鑑賞する方たちには、
くれぐれも分類の言葉の概念にとらわれず
自由な心で見ていただきたいと思います。
自由というのは孤独です。
価値判断が他人に属する事無く
自分の心魂にあるから。
ですので
観る人の心の眼と美術作品の中の眼がぴたりと合った時は
きっと心が解放されるに違いないと信じています。

私の暮らす場所の近くに美術館はありませんが
美術以上に美しいものに出会えます。
美しいものは自然が一番です。
でも、人間の身体と精神を使って生みだされた美は
人間だからこそ共感できるもので
その出会いは生きる楽しみです。

何かに出会って感じたことを形に表して確かめたい
と思ってつくり始めたら
思ってもみなかったものが形に現れてきたり
心の底で眠っていた眼を開いてくれるのが
表現の楽しさであります。
私のブログはありふれた言葉の集まりで
思うように書けないのですが
感情を言葉に分類して眺めるための道具として
使っていきたいと思います。

あるバランスを持って
カオスとコスモスを持っていたいという
とても矛盾した自分がいて
コントロールするのが大変です。



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