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2016年 

年が明けてはや5日。
雪が少ないのはこんなに楽なのかと思います。
ただ今日などはとても寒く、犬の散歩から帰ると腿の外側が氷のように冷えていました。

昨日は午後から散歩もかねて、長沼町と由仁町のちょうど間に寝そべるように連なる低い山々からなる馬追丘陵の長官山に登りました。
カンジキを持って行ったのですが、無くても平気なほどの積雪だったので長靴で歩きました。
ペスは大喜びで道を駆けのぼり、わたしは重い雪が気になりながらゆっくりザクザク。

馬追原野の文学台からの眺望は開け、支笏湖の山々や日本海まで見ることが出来ます。
東西南北の景色をぐるりと見渡して心の中で新年のごあいさつ。
山から見下ろせば、雪をまといはるかまで開かれた白い農村の風景は、開拓当時の夢と繁栄と苦労の想いが今も静かに大地の中に横たわっているように見えました。

この山山にはウサギの大王が住んでいるというお話を、長沼町史で読んだことがあります。
アイヌの言い伝えです。
ある冬の日、カンジキくらいの大きなウサギを見つけた人がたどっていくと大きなウサギの王様に出会ったという話。
森が深く山菜や生き物が豊富にある山で、日の昇る兎の方角にこの山がそびえているということも関係して生まれたお話なのかなとかいろいろ想像してしまいます。
暮らしの中至る所に精霊の存在を懐きながら生きてきた人たちのことを想像して、この時代の人たちをちょっとうらやましく思います。
山の麓には湧水や縄文遺跡がいくつもあります。
縄文時代から厳しくも豊かに暮らしてきたんだろうな。

私は身の回りに物語を感じながら過ごすのが好きです。
メルヘンみたいな幻想とはちょっと違う、もっと生きる為の必要から生まれてくるような物語。
たとえば身の回りでは、ストーブの妖精とか、家の妖精。
これらは生きています、暮らしている人とともに。
手入れないがしろにすると妖精は癇癪を起こして自分のもとに罰をしかけてきます。
年末に恐い思いをしました。
古来からの自然に宿るアニミズムの世界を感じながらいると、自然の生命の輝きが自分のもとに立ち上がってきます。
自分が自分が(我)が強くなると見えるものも見えなくなり、途端に世界が小さくちっぽけなものに見えてきます。
近頃この物語を忘れかかっていたような気がします、自分に追われて。

馬追の森を歩きながらこんなことを想った正月でした。



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