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昭和のショッピングセンターの思い出 

時代は昭和の頃、私はショッピングセンターが好きな子供だった。

畑に囲まれた田舎に住んでいたので、

町なかへ行ったりしたのはたぶん社会への好奇心もあったんだと思う。

友達と自転車を走らせて野を越え坂を越え。

私が育った大府市というところには、かつて三大ショッピングセンターがあった。

「大府センター」「オスカユーキチ」「ジャスコ」!

一番古くからあるのは大府駅近くの「大府センター」

1~2階は地元のテナントが集まったショッピングセンターであり、上の方の階はアパートになっていた。

小学生の時はここのおもちゃ屋と手芸品屋が私にとって憧れのお店だった。

当時、洋服などは兄のおさがりが多かったせいか、

かわいさへの憧れで小物や洋服を自分で作ったりするのが大好きだった。

思いだす賑やかな売り場の風景は今もキラキラ輝いている。

高学年頃になると、大府駅前の「オスカユーキチ」と共和駅前の「ジャスコ」が登場した。

オスカには、「いちごるーむ」というサンリオ商品ばかりを扱う店が入り、

ここは私にとって夢のような場所だった。

ディズニーのキャラクターというのはあまりなく、ミッキーやドナルドダックくらいだった。

ミッキーというキャラは当時としてはまだ洗練されすぎて、キティやパティ&ジミーなど

ちょっとゆるめのサンリオキャラクターの方が多分なじみがあったような気がする。

私の好みはまずスヌーピーから入りパティ&ジミーへ。

母はあまりキャラクターものを好まなかったからか、家にはあまりキャラクターのものは無かった。

お小遣いの範囲内で楽しめるのはパティ&ジミーキャラメルについていたオマケ。

オマケだけが楽しみでお菓子屋さんに行くと買っていた。

共和のジャスコにも憧れの店があった。

それは「ふぁんふぁん」というファンシー雑貨のお店。

中学上がる前頃にはサンリオを卒業しファンシーというのがブームになった。

丸文字はこの頃とてもはやって、親戚の高校生のおねえさんの字をまねてこっそり練習した。

ふぁんふぁんで何か雑貨を買うと、かわいい文字で名前を彫ってもらえた、これが楽しみだった。

針金細工で名前を作ってくれたり、少女の心はときめきまくった。

お店の人はいつもおしゃれなお姉さんで、私ら少女たちはどんなにあこがれたことか。

無題
<↑こんなような感じのメタボかわいい文字がはやったっけ>

このファンシーショップの隣にはディパーダンアイスクリームという店もあり

サーテイワンと同じようなスタイルのチョイスするアイスはカラフルでポップで何と楽しかったことか。

そして、お好み焼きのお店が必ずどこにもあって、二つ折りにして持ち帰るスタイルだった。

ジャスコの・・お店の名前は忘れたけど

広島風みたいな野菜と具がいっぱいつまったお好み焼きを焼いてくれる店が好きだった。

当時のショッピングセンターはもう無いんだろうな。

今のショッピングセンターは何だかどこも同じような全国チェーン店が並び

個性ある店へのあのときめきは今は昔。

昭和って今のようにモノは無かったけど、そのぶんモノへのときめきは今よりたくさんあったなあ。


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